WEB ちばサイくん

「千葉はロケット発祥の地」
2004年7月4日更新

ちばサイエンスの会

第二回 「千葉はロケット発祥の地」 体験会・講演会
無事に終了しました!


当日、数社の取材を受けました。
テレビでの放送予定は以下です。

NHK 総合 7/5(月) 18:00-19:00 「首都圏ネットワーク」
        の中で、2分間ほど(多分 18:30 頃)

CNC(ケーブルネットワーク千葉)(5チャンネル)
 「いきいきメール千葉」7/7〜7/10 9:05-9:20, 13:05-13:20
   (千葉市政情報、市内イベントを紹介する番組)
    上記の番組放送時間の中のどこか

酒井画伯
日時:2004年7月3日(土) 15:00 - 17:30
場所:千葉大学

主催: 特定非営利活動法人 「ちばサイエンスの会」
後援:千葉市教育委員会、千葉大学、東京大学生産技術研究所
    「子どもゆめ基金」(独立行政法人 国立オリンピック記念青少年
     総合センター)助成事業 
このロケットイベント会場にて、「ちばサイショップ」が開店!
会員の著書や写真集などを、ほぼ実費価格で販売しました。

 13:00 - 14:40    第1部 「ロケットについての体験会」

大きな音がして飛ぶのです。


セット完了!

 
発射10秒前・・5秒前! 3・2・1・0 

 15:00 - 17:00    第2部 「講演会」


的川泰宣氏(宇宙航空研究開発機構)、広沢曄夫氏、ほか
千葉で始まったロケット開発の様子や、日本の宇宙開発における
意味などについて講演をききました。


撮影:八重樫(会員)


おかげさまで、2004・7・3・イベント、大成功でした。
                                 安田博亮

第1部「ロケットについての体験会」 コーデネータ 福武剛さん
楽しいイベントでした。

・「ロケットの原理」のていねいな説明つき実験。
・150人を超える小学生が、手作りの紙ロケット
「アルコールロケット1号」(福武さん命名)を持ち、
庭に出て、発射台にセット、ライターで熱する、
ポーンという音と共に、飛んでいく。
・だいたい5メートルから8メートル、
風をとらえると10メートル超、最長17メートルの声!
飛ぶたびにあがる歓声。
発射台へのとめ方が悪いと、1メートル弱で残念そうな顔。
・親子、兄弟姉妹、友達、先生と生徒、なかには、祖父と孫。
たくさんの笑顔の交流。いい情景でした。

・今朝(7/4)の東京新聞/27面・地域のページに
「ロケット15メートル飛んだ 稲毛区で体験会」
の見出し記事が、写真入、3段40行で、掲載されました。
(当日取材記者:千葉支局・井上仁氏・記名)

第2部 「講演会」 司会の鷹野敏明さん

1.的川泰宣さん 「ペンシルロケットの歴史的意味」

2.広沢あき夫さん「”千葉はロケット発祥の地”の源泉を探る}

3.座談会 ロケットボーイズ
      (安田良平さん 丹野稔さん 今沢茂夫さん)

それぞれの方々から、貴重な話を聞くことができました。

・1950年代から60年代、日本のロケットの黎明期に、
千葉市の「東大生産技術研究所」で糸川英夫博士が、
新しい発想と、驚くべき独創力で、日本で最初のロケット
「ペンシルロケット」を設計し、研究開発の道を拓いた。
・1955年、千葉で、「ペンシルロケット」が、はじめて、水平に飛び、
国分寺で公開実験、秋田県道川海岸で、7年間、日本海の空に飛翔実験。
1962年から今日まで、鹿児島県内之浦で太平洋の空に、大型実験、
宇宙観測、宇宙探査、宇宙開発・・・と、続く。
・「ペンシル」が、われわれに残した影響を、的川さんは、
1.「冒険と挑戦」
2.「宇宙への好奇心」
3.「新しい時代を作る」
という「テーマ」で、格調高く、語りました。
次の言葉が、印象に残りました。
・もし、あの時、糸川さんが「ロケットをやろう」と発想しなかったら、
日本人の力でロケットを作れなかったかもしれない。
作れたとしても、ずっと遅れてしまっただろうし、
世界の水準に、追いつけなかったかもしれない。
・宇宙から地球環境・地球生命・人類を考える視点で、
世界を相手にし、世界全体への貢献しなければならない、
と、糸川さんから、いわれているような気がする。

安田博亮
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